万死に値する行為

 

 

私の 心のふるさと 大阪は、 まるで、戦場のようで ございます。

 

誰かが 何かを 話そうものなら、人は 必ず ツッコミを お入れしますし、

誰かが 何をも 話さないままでも、人は 何かしら ツッコミを お入れします。

 

道で つまずいた 友人にかける ひとことは、「大丈夫?」では決してなく、

オイシイ やないか」や「まだ ボケてへんがな」で ございます。

 

いつどこに 笑いが生まれるか わからない。 気を抜く事は 決して ゆるされない。それは まるで、戦場のよう。

 

とある 戦場カメラマンは、自己防衛の為 「ことさらに ゆっくりと話す」という技を体得し、生きる活路を得た とおっしゃいますが、 

かの地では、そんな事は 許されておりません

 

生まれゆくネタを 歩き出す前から 取り上げ、

千尋の谷に突き落としながらも 育て上げたボケを、

死して オチにたどり着くまで 骨の髄まで 笑いつくす。

 

そんな お笑い スパルタ帝国から、一線を退いた今、私は 平和な日々を 取り戻しつつある と申しますのに。

 何故なのでしょうか、関東の方々と お話させて いただく際、何かしら やらかしてしまう のは。

 

ちょっとした言葉尻や、会話のテンポですら、 何かと 笑いの方向へ 攻め込んでいきたい

 

より アホらしく、もっと 自虐的に。

 

しかし 悲しいかな。 

往々にして ウケを取ろうとすると、しくじる事になります。 ボケも スル―され、ツッコまれる事も ありません。

そうなると私は、 ただの 恥ずかしい ちょっと変な人 でございます。

すべる。

嗚呼、それは 万死に値する行為なのに。 

その恥 さらして 生き延びるくらいなら、 いっそ この首 落としてや くれまいか……

 

 

この 関東の地で 求められているのは、上品でかわいらしい ほほえみ なのでしょう。

 おだやかで、あたたかな 会話なのでしょう。

 

平和への 想いをこめて、 わたくしは 祈り続けます。 

 

NO MORE WAR, NO MORE ボケ スル―